山形県出身作家の作品を読む その2  彩坂美月 『ひぐらしふる』

ひぐらしふる

ひぐらしふる

日々、数多くの本が出版され、店頭に並べられる。その中から、自分の好みの本を見つけ、読むことは楽しい。書店はある意味「発見」の場なのかもしれない。今まで読む機会のなかったジャンルの本が、実は意外と面白かったり、それがきっかけで、自分の違う一面を見ることができたりする。

とはいっても、膨大な数の本の中から「これぞ!」と思える本に出会える瞬間はなかなか訪れてはくれない。それでも今日も期待しながらダンボールを開け、カートに本を出す。書店勤務している私にとって、この作業は何年たってもやはり心がときめいてしまう。

様々な場面において言えることだが、偶然が、思いがけない出会いのきっかけに繋がることがある。本においてもそれは言える。彩坂美月。この作家の名前ははっきり記憶していた。デビュー作『未成年儀式』は、地元出身作家の作品ということで、発売前から話題になっていた。突然現れた無名作家、興味深いタイトル。読んでみたい、素直にそう感じた。品出しを終えて売り場に行くと、初回入荷分は早くも売り切れていた。地元出身だからという理由もあるだろうが、それだけではないはず、そう思った。

本書の内容は、夏休みを女子寮で過ごすことになった生徒たちが、ありえない事件、災害に次々と襲われていくというストーリー。極限状態の中で彼女たちは互いの友情を深め、また逆に裏切りも経験する。学生時代に書いた原稿を大幅改稿して出版したという本書は、「第七回富士見ヤングミステリー大賞」準入選作。あとがきで、「作者自身、何を書いていいのか迷っているように見える」と選評されたと著者が言っているように、確かに未熟さが残る作品であるかもしれない。だが、それゆえに新鮮さを感じる部分も多い。例えば、作中で女子高生が発する台詞は、どこか自ら生きることを拒否しているかのよう。儚くて脆い少女の心象をうまく表現している。「完璧ではない世界」から「外れない」ように生きている少女が「特別なこと」が起きるのを期待している。それは未成年である少女特有の願望であり、現実を知ってしまうまでの夢。作中で著者は、登場人物の一人にこう言わせている。「書くことは、云ってみれば現実逃避の手段だったんだよね。」 読むこともまた同じ。ページを捲っている間は時が止まる。本を閉じた瞬間、再び世界は動き出す。ラストは、こう締めくくられている。「どこかに、だれかにたどりつきたいと切に願った。あの、夏祭りの夜に。」 これはそのまま著者の願望なのだろうか。だとしたら一体どこへ、だれのもとに? 読者にメッセージを残しつつ、物語は幕を閉じた。

あれから約2年。私は再び彩坂美月と出会った。今回は恋愛小説を思わせる爽やかなイラスト。前作とは随分印象が違うなと思いながら手に取り、帯を眺めた。そこにはこう書かれていた。「今もどうしてもわからない。白昼夢のような、あの夏の真実。」 前作のラストの文章が、頭をよぎり、忘れかけていた記憶が蘇った。新作のタイトルは『ひぐらしふる』。蝉の一種である蜩(ヒグラシ)を意味するのか。だとしたら「ひぐらしなく(鳴く)」ではないのだろうか。そういえば、今年はまだ蜩の鳴き声を私は耳にしていない。

将棋の駒とさくらんぼで有名な、東北の「Y県天堂市」出身の主人公、有馬千夏。お盆過ぎ、祖母の葬儀のため帰省した彼女を待っていたのは、家族、そして旧友との再会。懐かしい思い出話とともに、彼女は忘れかけていた、いや、忘れようとしていた記憶を次々と思い出す。本書は全四章で構成され、各章それぞれが完結した連作短編集であるが、関連性を残しながらストーリーは展開し、最終章で謎が明かされる。本書の随所に登場する「Y県天堂市」という地名は「山形県天童市」のことを指すのであろうし、他にも「舞鳥(舞鶴)山」「天堂(天童)」高原」「ジャガジャガ(ジャガラモガラ)」など、天童市出身の著者ならではの描写が作中に見て取れる。

文中にたびたび現れる、千夏そっくりの人物。改めて表紙を見ると、日傘を差して歩く女性の後ろには、全く同じ格好をした人物が描かれている。彼女は一体誰なのか。この人物とともに気になるのが「黄色」の存在。第一章では校舎に飾られていた黄色いペーパーフラワー。第二章は黄色の菊の花。そしてエピローグで、男性がゴルフバッグの中に潜めている黄色いひまわりの鉢植え。ただ単に、夏をイメージする色として登場しているのか、それとも・・・。謎はどんどん深まっていく。

自然溢れる長閑な街で、過去に起こった不可解な事件の真相を、ミステリー小説家になることを夢見ていた千夏が、探偵のごとく謎を解いていく。それを共有するのは地元の友人、そして東京にいる恋人の高村。彼(女)たちが巻き込まれる不可解な出来事は、一旦は解決したかのように思われるのだが、実は・・・。ラストには意外な結末が読者を待ち構えている

地元に住んでいると、普段は当たり前すぎて気にも留めることのない自然の風景描写が本書にはちりばめられていて、著者の山形に対する思い入れが感じられた。随所に登場する地名や方言は、地元の人間が読めば耳なじみで心地よく、ご当地ミステリーとして楽しめるであろうし、他県の人が読んでも同様に感じてくれることを期待する。さらには山形に興味を持ってくれるかもしれない。なにしろ、この小説の中では、単なる東北地方の一県ではなく、謎に包まれた行事や、ミステリースポットが存在する土地なのだから。

この小説の舞台と同じ季節の、夏の某日。暑さにかまけてサボっていた読書を再開した。空はどんよりと薄暗く、どうやら一雨きそうな感じ。夕刻のサイレンが街に鳴り響く。もうそんな時間かと、時計に目をやる。パラ、パラと、雨粒の落ちる音が聞こえた。どうやら本降りになりそうだ。次第に強くなっていく雨音の中に、蜩の鳴き声を聞いた。それはまさに夕闇に降り注ぐような激しい鳴き声であった。

プロフィール
阿部 恵(アベメグミ)
1973年生まれ。天童市のお隣りの東根市神町在住。書店員。読書とコーヒーをこよなく愛する。