『KAGEROU』 阿部恵

KAGEROU

KAGEROU

「昨日買った『かげろう』だけど、齋藤とかいう人の本だったんで、水嶋ヒロの『かげろう』に交換してもらえますか?」という問い合わせの電話が書店に殺到(!?)したかどうかはともかく、『KAGEROU』は昨年大きな話題を呼んだ。

俳優としての水嶋ヒロに、少なからず興味を持っていた私は、物は試しと早速発売日に読んでみようと思い、本を手にし、ページを捲ろうとした。が、捲れない…。それもそのはず、本はビニールで包まれていた。見本は?と思ったら、隣で若い女性が食い入るように読んでいる。(きっと水嶋ファンの子だろうなあ。)しばらくして彼女は本を置き、ビニール包装された本をレジに持っていった。その隙に、さっと見本を取ろうとした私の手ははたと止まった。手垢が…。そう、彼の本の表紙は真っ白なのだ。横書きのタイトル、その下に十字マーク、そして著者の名前である「齋藤智裕」。それ以外は白。そうか、立ち読み禁止とかいう理由ではなく、手垢防止のビニール包装でしたか。

第5回ポプラ社小説大賞受賞作である本書は、発売前からメディアを騒がせていた。なにしろ彼は今をときめく若手俳優。頭脳明晰、スポーツ万能、そして何より男前。全くと言っていいほど非の打ちどころがない。そんな彼が歌手の綾香と結婚。世間を大きく騒がせたが、それ以上に驚いたのが芸能界引退の報道。作家へ転身するという。そんな簡単に作家になれるんだ、まあ、頭いいし、元芸能人だし、まあ自叙伝でも出せば売れるでしょうと思っていたら、え、大賞取ったって? しかも本性隠しての受賞! そうくれば誰だって読みたくなりません?

テーマはずばり「命」。リストラされたサラリーマンが自殺を図ろうとしたが、そこで運よく(?)謎の男に臓器提供の話を持ちかけられ報酬目当てに承諾するのだが…。結末は興味を持った方、読んでみてください。世間では賛否両論ですが個人的には○だと思います。「書く」というのは我が身を削るような行為だと私は思っています。辛いのです。
だから私は凄いと思う。自分は絵を描きますが、その作業は楽しいと同時に体力・精神を消費します。彼がどんな気持ちでこの小説を書きあげたかその真意は図り知れますが、相当苦しんだのでは。小説の中に、主人公が病院で知り合い、臓器提供を受けた少女が登場するのですが、是非彼女を主人公にして続編を書いて欲しい。

水嶋ヒロ、いや、作家としての「齋藤智裕」が「カゲロウ」のように短命でないことを祈る。

プロフィール
阿部 惠
1973年生まれ。
読書とコーヒーをこよなく愛する。