「制服」に見るヤマガタ

宮城から山形に来て、家庭教師を始めて10数年。中高生とかかわってきたなかで考えることや思うことを書いていきたいと思います。今回は、高校生の制服のこと。

まずは男子の制服。山形に来て驚いたことの一つが男子高校生の制服で学ランが多かったこと。自分がそうだったからか、「中学で学ラン、高校でブレザー」というイメージがあったので、学ラン姿の高校生はとても新鮮なものに見えました。宮城でも、仙台市内の進学校のなかには男子学ランという高校もあったかもしれないけれど、そちらの方面には友だちもいませんでしたし。
シャツを出すな、ボタンを閉めろと言われつつ、それでも、そのままちゃんと着るのはイヤだという感覚は今も昔も大差ないのかもしれない。ボタンを開けて、シャツを出して、ズボンを下げて、などなど。最近、短ランを好む男子もいるらしく、少し驚いているところ。

次に女子の制服。男子と違い、女子の制服は高校ごとに特色があります。セーラーかブレザーかの違いもあるし、学校ごとで型が違う。なので、3月に新聞折り込みに入ってくる「制服承り会」の写真も女子のものが多くなってしまい、男子の制服写真はおまけ程度の扱いで物悲しい。ここはひとつ男女平等(?)に「男子用セーラー服」と「女子用学ラン」を作っていただきたい。そうすれば男女両方の制服が掲載されることになりますし。でもまぁ、作ったところで男子用セーラー服は売れないだろうなってことは予想できてしまうのだけれど。

女子の制服で大人側から問題視されるのがスカートの長さ。中学までは膝下だったスカートの長さが、高校生になるとまくって膝上に。切ってからまくって調整したり、まくりにくくなっているスカートでも頑張って短くしたりと、なかなか苦労しているようで。脚を出しつつ、脚の太さを気にしつつ、それも関係してか、最近ルーズソックスを履いている子もいるらしい。自分が高校生のときに女子のほとんどが履いていたルーズソックス。もうすでに消滅したと思っていたのに。ルーズソックスにポケベルにピッチ(PHS)…懐かしい。

高校生にとって憂鬱なのが学校で行われる「頭髪・服装検査」。この「頭髪・服装検査」についての個人的意見を書いておこうと思います。

検査の程度に関しては、緩い高校もあれば、厳しい高校もあり、学校差が大きい。厳しいところでは、ボタンを閉めろ、シャツを出すな、スカートが短い、リボン・スカーフをちゃんとつけろ、髪を染めるな、などチェック項目は多岐にわたる。外向けの学校の印象、学校内の秩序や教師の威厳の保持のためなど、検査して直させる理由はあるのかもしれない。だからといって、彼ら彼女らの表現の自由と自己決定権をないがしろにしていいわけではない。制服の着方には理由や思いが込められている。ふつうがいい、ふつうはイヤ、みんなと同じじゃないと不安になる、よりかっこよく、よりかわいく、異性や同性の視線を気にして、こういった様々な思いを一人ひとりが抱きながら制服を着ている。それを理由も聞かずに否定して、「どんな格好をすべきか」という規範の強制によって潰していいわけがない。入学時15〜16歳で「子ども」である高校生は、在学中に18歳になり、「子ども」ではない存在になる。そんな彼ら彼女らに必要なのは、自分が納得していないルールに対して黙って従う「素直さ」ではなく、自分はどういう格好をしたいのかという選択への自覚だと思う。怒りまくって、怒られまくって、生徒も教師も疲れるだけの「頭髪・服装検査」はもう終わりにしよう。

以上、高校生のあいだ着ている時間が最も長い服であり、学校卒業後はなかなか着る機会のない制服のお話でした。

プロフィール
松村勇気
1979年生まれ、宮城県多賀城市出身。大学卒業後に宮城県に戻るつもりだったのに、家庭教師を続けたくて、そのまま山形生活を継続中。趣味は献血。愛車にも献血キャラクター・愛の妖精「けんけつちゃん」のチッチを乗せています。「けんけつちゃん」は可愛いと思うのですが…。