おどりこ扇ちゃんがゆく2 「それはせんせい〜♪」の巻

「先生! と元気に駆け寄ってきてくれた女性がある。ああ、扇さんだ。変わっていない」

久々に再会した高校時代の恩師。ブログを始めたので…と恥ずかしそうにおっしゃっていたので覗いてみると、なんと私のことが書いてありました。まるで先生からのお手紙です。そこには本当に久し振りの再会だったこと(卒業以来のことですものね)、私がいかに変わっておらず、いかにすぐ分かったか(お互い様ですよ)などに加え、私たちが高校生だった頃の思い出話がたくさん書いてありました。生まれついての個性派でワル目立ち、小・中学校通して「センセイ」方とはぜんぜんうまくいったためしのない私です。でも、そんなめんどうな子どもをこんなにも愛情深く見つめ、覚えてくれていた先生もいたんだなあと、胸が熱くなりました。

もう一人忘れてはならない先生がいます。それは、現在の日舞の師・T師匠です。T師匠との出会いは、本当にラッキーそのものでした。T師匠がいなければ、日本舞踊とこんなに深いかかわりを持って生活するようになることはなかったでしょう。

T師匠に弟子入りしたのは、大学を卒業して間もなくのことです。出会いは、スタッフとして就職した某・劇団でのことでした。役者さんが舞台に上がるためには、様々な技術や訓練が必要です。T師匠は、そんな役者さんたちの基礎稽古のために劇団へ出稽古に来てくださっていた多くの専門家のうちの一人でした。歌手の三波春夫さんと細川たかしさんを足して二で割り、ちょっと恰幅をよくしたような、豪快でゆかいなおじさん先生です。私は役者ではありませんでしたが、大学の演劇科で日本舞踊と出会って以来大好きになり、卒業してからも何とかお稽古を続けたいなあと思っていました。だから、これ幸いと役者さんに交じってこっそり稽古をつけてもらうことにしたのです。

某・名人に師事し、ご自身もなかなかの踊り手でありながら、T師匠のお稽古は本当におおらかです。当時も「お稽古がしたいのに、お金がなくてできないことほど悲しいことはない」とおっしゃって、本当に安いお稽古代で、一生懸命お稽古をつけてくださいました。おかげで、貧しい劇団員は本当に救われました。仕事が忙しい時には、どんなに休んでも気長に待ってくださいました。着物がない人は、用意ができるまでジャージでいいよ、ということで、ジャージに靴下履きで稽古に通った男性劇団員もいます。発表会なども、できるだけお金がかからないよう工夫して、でもきっちりやらせてくださいました。そんなわけで、劇団員以外にも「やりたい」人が増え、若いOLさんや、一般のおばさまたちもお稽古にいらっしゃるようになり、どんどん輪が広がっていくようになりました。今でも、時々稽古のために上京しますが、未だに毎回お稽古をつけて頂いているんだか、ご飯をごちそうになりにいっているんだかわからないようなありさまで、今に至ります。「出世払いで」と、なんでも遠慮なく頂きますが、本当にいつお返しできるのだろうと、不詳の弟子はいつも頭をかいています。でも、まずは腕を磨いて、しっかりした踊り手になることなのでしょう。険しくも楽しい踊りの道は、まだまだ始まったばかりです。

私も時々「センセイ」と呼ばれるようになりました。私も、子どもたちの心にちょっとでも残る先生になれるのかなあ。なれればいいなあ。そう思いながら、今日もお稽古に向かっています。

プロフィール
扇(せん)
日本舞踊の踊り手として活動する傍ら、子ども向けの舞踊教室やワークショップを主宰。今日は保育園、明日は小学校の課外活動とかけまわる他、老人ホームなどにも出没中。趣味は三味線をひくこと(注 腕前はコント並)と本を読むこと、クラシックを聞くこと。演劇ユニット「TEAM NACS」の活躍と、おいしいごはんが元気の源。