「《いま、原発を考える》 〜放射能と原発をめぐる3冊の本〜」 角田春樹

内部被曝の脅威  ちくま新書(541)

内部被曝の脅威 ちくま新書(541)

放射線と健康 (岩波新書)

放射線と健康 (岩波新書)

六ヶ所村ラプソディー―ドキュメンタリー現在進行形

六ヶ所村ラプソディー―ドキュメンタリー現在進行形

このたびの福島原発の事故を目の当たりにして「やっぱり」と思った人はどれくらいいるだろう。ずっとずっと、原発反対運動をしてきた人たちは、どんな思いでこの事態を見ているのだろう。

東電や政府の記者会見で繰り返される「ただちに人体に影響が出る値ではない」という言葉の根拠はいったいどこにあるのか。「ただちに」ない、ということは、いつかは影響があるのだろうか。

いろんな疑問が頭を駆け巡るけれど、今のところテレビも新聞も、私の納得のいくような答えを教えてはくれない。
答えは自分で見つけるもの。ということで、本を数冊読んでみた。
 
内部被曝の脅威』は、医師であり自ら被爆の経験を持つ肥田舜太郎とノンフィクションドキュメンタリー映画監督の鎌仲ひとみの共著。放射線物質による〔被曝〕と一言に言っても、外側から放射線を浴びる体外被曝と、放射線物質を体の中に入れてしまうことによる内部被曝があることは、今回の事故の際も報道されている事実である。では、内部被曝とはどんなもので、わたしたちの体にどんな影響を及ぼすものなのか。それを厳しいまなざしで追ったのが本書である。肥田の広島での被曝体験の様子が克明に記され、それから六十年もの間、内部被曝というものについて考え、疑い、アメリカに監視されながらも追い続けてきた著者の姿が心を打つ。

そして、その情熱に呼応するかのように、鎌仲が劣化ウラン弾の被害にあっているイラクの子どもたちの現状から、内部被曝の恐怖を語る。原発のある地域の乳がん発生率の分布図や、イラクで生まれた無脳症児の写真など、既存のメディアからは見えてこない真実に驚かされる。いかに我々が情報操作された世界に生きているかということが明らかになる衝撃の一冊だ。

けれど、内部被曝に関して「政府の言う被ばくの安全基準値は根拠のないデタラメである」という主張の科学的根拠が見当たらず、恐怖感を鵜呑みにするのもはばかられた。統計データというものは一見正しい真実のように見えるが、サンプルの取りようによって数値はいかようにも操作できる。この本の訴える内部被曝の恐怖は、他のトンデモ科学とどう違うのだろうか。
 
そこで手にしたのが『放射線と健康』である。著者は放射線医学総合研究所客員研究員の舘野之男。この本では、そもそも放射線とは何か、それがどうやって我々の体を通り抜けるのか、通り抜ける際にどのようにして肉体に影響を及ぼしていくのか、ということから丁寧に解説してある。

電子、原子核など、科学にうとい人間には少し読みにくい部分もあるけれど、それでも放射線の基礎の基礎はなんとか理解できた。そして、被ばく線量限度――安全基準値がいかにして制定されたのか、その時代背景と変遷も詳しく書いてある。

結果、私が感じたのは「意外といい加減だな」ということ。元になるデータが、実際の調査結果ではなく「計算を元に」出されてあるものだったり、動物実験の数値だったり。素人に“それってどうなの”と思わせてしまう基準ってなんなんだろう。

内部被曝〜』にあった「元から地球上に存在する自然放射線と、人工放射線は違う」という主張が打ち消されたり、遺伝影響についても「ない」というデータが出ていたり、なるほど、と思わせる部分もあって著者の意見はそれなりに納得することもできた。
けれどそれらが放射能の恐怖を完全に消してくれるわけではなかった。
結局、今ある「被ばく線量限度――安全基準値」の根拠にはまるで納得できない、という事実だけが残る。
今日の某新聞には、医療で使われるX線の放射線量とこのたびの事故で放出された放射線量が比較され、「安全」が強調されていた。がしかし、そもそも医療で使われるX線の放射線量が「安全」である保障すらないことに気づかなければいけない。
 
放射能の恐怖から逃れるためには、「脱原発」しかないんじゃないだろうか。電気による便利さを捨て、原発招致によって得られるお金を捨て、そうしてようやく安心できる生活が送れるんじゃないだろうか。

そんな気づきを促してくれたのが『六ヶ所村ラプソディー』だ。著者は『内部被爆〜』の鎌仲ひとみ。核燃再処理施設が建設された青森県にある六ヶ所村を舞台に、その村で生きる――生きなければならない人々を追ったドキュメンタリーを作っていく過程を記した一冊。施設建設賛成派、反対派それぞれの主張が、共に「生きる」ための切実な叫びに聞こえてならない。
 
過疎地に原発を押し付けて電気を得ている我々一人ひとりが、「加害者」である自覚を持たなければならない、と思った。事故を起こした東電が悪いとか、原発化をおし進めてきた政府のせいだとか、人のことをなじるのはかんたんだけれど、実際に電気を使っているのは「わたし」なのだ。
計画停電大いに結構! そうおおらかに言える自分でありたい。

放射能コワいから原発イヤだ、と叫ぶだけではなくて、本当に豊かで幸せな生活ってなんだろうと自分に問い直してみることが、まずわたしたちにできることなのではないだろうか。

プロフィール
角田 春樹(かくた はるき)
秋田十四年→山形十七年。図書館の住人。趣味は読書と映画鑑賞、そしてジム通い。依存物質=本、チョコレート、紅茶、生野菜。最近、物欲が消えて知識欲が増大。図書館に住まう幸せをかみ締める日々。