「早く治す」ことのリスク

街場のメディア論 (光文社新書)

街場のメディア論 (光文社新書)

知人の紹介を受け、昨年末からとある治療室(整体)に通っている。普段の生活における動作で、違和感を覚える部位――中学生の頃に部活で痛めた股関節と、2年前に遭った自動車事故(信号無視の車に突っ込まれた!)で痛めた頸椎――の治療のためだ。この治療室のT先生は、独特の治療哲学を持っており、私の体の痛みやゆがみについて、それが起こる理由をさまざまな例えを用いて説明してくれる。T先生とのそうしたコミュニケーションが、治療室を訪れた時の私の秘かな楽しみである。

ある日、T先生からこんな話を聞いた。

この治療室に通う患者さんたちには2種類のタイプがいるらしい。ひとつは、「この痛みを何とかして!」「早く治して!」というような、受動的で消費者感覚が強い<治療依存タイプ>、もうひとつは、「治療を受ける」という行為を相対化し、治療そのものと適度な距離感を保つことができる<自立タイプ>。ちなみに彼から見た私は、後者なのだという。ふうん、と思った。

実際に私がどちらのタイプかはさておき、T先生との会話で思い当ったことがある。

私は若者支援のNPO活動をしているので、その立場上、子育てに悩む親御さん(ほとんどがお母さん)や、悩みがある若者たち(自分で書いていて何だが、悩みのない若者がこの世にいるだろうか?)からの相談を受けることがある。私たちの活動は「居場所づくり」と「学びの場づくり」がメインであって、悩める人びとの相談を受ける専門機関ではない。でも、事実として相談はたびたび受ける。

これまでたくさんの親御さんたちや、悩める若者たちに会ってきたが、彼/彼女たちの中には少なからず、T先生のいう<依存タイプ>がいた。「迅速」に「確実」に「問題解決」をしたいから、そのための「答え」を教えてほしい―――人によって言い回しは違えどこう迫られることが多々あった。もちろん、子育てや生きかたに「唯一無二の答え」があるわけではないので、私にできることは「問題解決にはどんな方法があるだろう?」と、彼/彼女たちと一緒に考えるくらいなのだが。ともあれ、そうした<依存タイプ>の人から相談を持ちかけられる度、私はついつい「あなたの依存体質を改善することが問題解決への近道ですね」などと心の中でつぶやいてしまう。

内田樹(フランス現代思想)の著書に、こんな話があった。

「世の中には「入れ歯が合う人」と「合わない人」がいる。合う人は作った入れ歯が一発で合う。合わない人はいくら作り直しても合わない。別に口蓋の形状に違いがあるからではないんです。マインドセットの問題なんです。自分のもともとの歯があったときの感覚が「自然」で、それと違うのは全部「不自然」だからいやだと思っている人と、歯が抜けちゃった以上、歯があったときのことは全部忘れて、とりあえずご飯を食べられれば、多少の違和感は許容範囲、という人の違いです。」(『街場のメディア論』光文社新書、p.20)

この話は、T先生の持論「患者には2つのタイプがいる」にもつながる話だ。自分の考えかたを変えようとせず、ひたすら周りに依存する人は、永遠に満足することはないだろう。一方で、置かれた環境のもとで試行錯誤をしながら、「ま、こんなもんかな」と自己に折り合いをつけられる人は、――いろんな悩みはあれど――それなりに楽しい毎日を送ることができるにちがいない。

改めて考える。私はどっちのタイプなんだろう。
そして、あなたはどっち?

プロフィール
松井 愛(まつい あい)
山形市在住。若者の居場所と学びの場づくりNPO「ぷらっとほーむ」を運営。
モンテディオ山形をこよなく愛し、春夏秋はバイク、冬はスノーボードに時間を費やす。
大好きな人たちとのおしゃべりがエネルギー源。山形県農産物等統一シンボルマーク「ペロリン」ラヴ!